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JAZZとの出会い

19才で上京して最初に住み始めたのは新高円寺にある四畳半の下宿だった。ガスコンロ1つの小さな流し台。洗濯機など置く場所もなく、大家の2階にある2部屋の内の一つが私の生活空間だった。部屋の前の小さなスペースに(90cm×2m)共同の洗い場が一つありそこで洗濯を手でやっていた。トイレは1階にある家主と共同、風呂はむろんなかった。高知の実家でわがまま放題に育った私には、いくら自分に「ガンバレ」と言い聞かせてもやっぱり寂しい生活のはじまりだった。そんな心の隙間を埋めてくれたのはFMから流れる音楽〜JAZZだった。


FM東京

ロードソング.jpgはじめてJAZZの楽しさを教えてくれたアルバム。ウエス・モンゴメリー/ロード・ソングROAD SONG/
WES MONTGOMERY
1. Road Song
2. Greensleeves
3. Fly Me to the Moon
4. Yesterday
5. I'll Be Back
6. Scarborough Fair/Canticle
7. Green Leaves of Summer
8. Serene
9. Where Have All the Flowers Gone?

上京してすぐにステレオ・セットを購入した。初めて買ったステレオはパイオニア製の「レシーバー」と言われたチューナーとプリアンプとパワー・アンプが一体になったタイプのアンプにサンスイ(山水電気)のスピーカーだった。パイオニアのアンプはブラックフェイスにブルーのライトアップされたデザインがとても気に入っていた。サンスイのスピーカーはサランネットが木の格子になっていて工芸品のようなデザイン、キレのよいサウンドがお気に入りだった。勉強のじゃまになるのでテレビは買わなかった。夜、部屋で聴くのはFM放送が多かった、当時のFM局はNHK・FMとFM東海から変わったばかりのFM東京だけ、現在の放送のようにパーソナリティーのおしゃべりは少なく、音楽が切れ目なく流れる私にとっては理想的な放送だった。実家にいた頃、深夜、勉強しながら聴いていたトランジスタラジオから聞こえる雑音まじりの音楽に慣れていた私には、上京して感激したものの一つが、このすばらしい音質のFM放送だった。

ジェット・ストリーム

学生の頃(実家での高校生まで)はベンチャーズ、スプートニクス、バニーズなどのエレキ・サウンドやビートルズ、ローリングストーンズなどのロック、それにのちにイージーリスニングと言われるジャンルの音楽を聴いていた。そんな私にJAZZの楽しさを教えてくれたのは「ジェット・ストリーム」の特集コーナーから流れてきたウエス・モンゴメリーのフライ・ミー・トゥー・ザ・ムーンだった。初めて聴くサウンド、ギターなのにピックで弾くのとは違う柔らかい音質、アレンジがバロック音楽の様で何とも心地よかった。アルバム名を書き留めて、次の日すぐにレコード店にいって購入した。この時初めてJAZZコーナーに足を踏み入れた。その後、JAZZの奥深い魅力に魅せられていった。
ヴェンチャーズ.jpg中学〜高校と一番聴いていたヴェンチャーズ。今聴いてもやっぱりイイ!!1 .I Feel Fine
2 .Love Potion No. 9
3 .Tomorrow's Love
4 .Oh, Pretty Woman
5 .Mariner IV
6 .When You Walk in the Room
7 .Gone, Gone, Gone
8 .Slaughter on Tenth Avenue
9 .She's Not There
10 .Lonely Girl
11 .Bird Rockers
12 .Sha la La

久保幸造先生と自由が丘5スポット

blues.jpg「ブルースが聞こえる」上京してデザイナーを目指していた頃、師事していたのが画家の久保幸造先生だった。先生はジャズやブルースを題材とした絵でレコード・ジャケットなども手がけるその世界では有名な方だ。できの悪い生徒だったがデッサンやクロッキーの時間は今となっては楽しい思い出になった。
bassman.jpg20年ほど前個展で購入した「Mr.ベースマン」学校がはけた後も、時々プライベートに食事などに連れていっていただいた。当時、先生は酒豪といってもいいくらい連夜お酒を飲んでいたようだ。私は当時まったくアルコールが飲めなかったのだがウイスキーのロックや水割りを飲めるフリをして飲んでいた。

先生からも「もどしながら飲んでいれば、そのうち強くなる」といわれていたのだが、結局いまだにアルコールは強くならなかった。その頃よく連れて行ってくれたのが 自由が丘駅前 南風ビル地下にあった ジャズ・クラブ「自由が丘 5スポット」だった。音楽評論家のイソノテルヲ氏の経営するその店内には久保先生が描いたジャズ・ミュージシャンの肖像画が大量に飾られていた。来日したミュージシャンもよく訪れていたようで多くの絵にサインが入れられていた。
KUBO-ichiryu.jpg久保先生が描かれた当時の私の肖像

久保幸造先生ホームページへLinkIcon

鈴木勲さんと私のJAZZ開眼

久保先生に連れられて5スポットの2階席で飲んでいたとき、紹介していただいたのがベーシストの鈴木勲さんだった。鈴木さんはアートブレイキーのバンドにも在籍した日本JAZZ界の重鎮だ。70を過ぎた今でも精力的な活動をされている。ここでジャズ・ライブの楽しさを知った。聴くに耐えない分かりにくい音楽、というそれまでの先入観がなくなった。(もちろん、私にとって聴くに耐えないジャズもあります)

鈴木勲さん Official SiteLinkIcon

ブローアップ.jpgBLOW UP/鈴木勳 上野のジャズ・クラブGH9でサインしていただいた。 鈴木勲(b,pb)
菅野邦彦(p)
ジョージ大塚(ds)
水橋孝(b)
1973/3/29.30

Aqua marine
Everything happens to me
Blow up
Like it is
I can't get started
Low fight

六本木「ミスティ」

学生時代が終わり、社会人としてデザイナー駆け出しとなった私を六本木にあったJAZZ CLIB「MISTY」に連れていってくれたのは博報堂の先輩ADだった。二十歳過ぎの私に、そこは衝撃的なスペースだった。その頃の六本木は現在の六本木と違ってちょっと高級な大人の世界だった。プレイマップやレストラン・ガイドなどまったく存在しないその頃、「ミスティ」との出会いは本当に幸せなことだった。地下にあったそのライブハウスではスタインウェイのグランド・ピアノが素晴らしい音を響かせていた。白いドーム状で、あなぐらのようなちょっと秘密めいたその世界は地方出身の私には別世界だった。土地柄、大使館の外人さんや俳優(テレビ・タレントではない)などが常連になっていた。当時ハウス・ピアニストは山下剛さん。ブルース・フィーリング溢れるタッチにノック・アウトされた。当時の私にはちょっと高級だったので度々は行けなかったが突如閉店するまでに幾度となく訪れた。JAZZをレコードでなくライブで聴く楽しさを教えてくれたのはここ「ミスティ」だった。
ブルースフォーティ.jpgBlues For Tea 山本剛 「ライブ・アット・ミスティ」と同じクリスマスの夜にライブ録音された。バリバリにスィングするピアノ・ジャズの楽しさに溢れたアルバムです。

1974.12.25・東京六本木"ミスティ"にてライブ録音

1. ブルース・フォー・ティー
2. アイム・グラッド・ゼア・イズ・ユー
3. ジ・イン・クラウド
4. 云いだしかねて
5. スピード・ボール・ブルース
6. ブロードウェイ

Musicians:
山本剛(P)
大由彰(B)
大隅寿男(Ds)

ブルーノート東京

1988年11月、東京・南青山にオープンしたブルーノート東京はJAZZファンの私にとって衝撃的な出来事だった。レコードでしか聴くことのできなかったジャズ・ミュージシャンを手の届きそうな近さで見て、聴くことができる…、それは夢のような事だった。都内にいくつかあったJAZZのライブ・ハウスで日本人ミュージシャンや時々来日した外タレのアーティストを聴いてはいたのだが、ここがオープンしたことで行こうと思えばいつでも本場・海外のミュージシャンを聞きに行くことができるようになった。現在の場所にブルーノートが移る前は今よりずっと小さなライブ・ハウスで
、ミュージシャンが出入りする場所も私たち観客と同じ階段を使っていた。サインをしてもらったり、握手してもらうのも難しいことではありませんでした。MJQ、ミルト・ジャクソン、ケニー・バレル、オスカー・ピーターソン、ジミー・スミス、ハンク・ジョーンズ、パット・メセニー、コーネル・デュプリー、ジム・ホール、パット・マルティーノ等々度々訪れるようになった。

ピッコロ.jpgブルーノートでサインしてもらったロン・カーターの「ピッコロ」
Ben Riley ( Drums )
Buster Williams ( Bass )
Kenny Barron ( Piano )
Ron Carter ( Bass )
Ron Carter ( Cello )
Ron Carter ( Piccolo Bass )

1.Saguaro
2.Sunshower
3.Three Little Words
4.Laverne Walk
5.Little Waltz
6.Tambien Conocido Como

吉祥寺と宮之上貴昭

吉祥寺に住みはじめて改めて気づいた。この近辺にはなんてジャズ・ライブ・ハウスが多いんだろうと。それまで新宿近くに住んでいたせいもあって中野から西方向高円寺〜吉祥寺にはあまり足をはこばなかった。あまり多くはなかったが日本人のジャズを聞くのは青山の「BODY&SOUL」や上野「GH9」六本木「サテンドール」などだった。吉祥寺の町を散歩していて目を疑った、「ストリングス」というジャズ・クラブのブッキングに宮之上貴昭の名前を見つけたのだ!私にとって日本人ジャズ・ギタリストで一番の人だ。鈴木勲さんのアルバム「THREE CUSHION」「ダーク・アイズ」やジミー・スミスと共演したアルバムで好きになり、たしか1980年代はじめの頃ライブを聞きに行っていた。大好きなウエス・モンゴメリーのオクターブ奏法をマスター、消化して自身のものにしたサウンドが魅了だ。その後都内のライブ情報などあまり見なくなり、自然と私が耳にする機会を失っていた。その、宮ノ上さんの名前を見た時は本当に驚いた、それも自分が住んでいる家から10分もかからないライブ・ハウスに出ているなんて!以来、ライブで楽しむようになった。荻窪や西荻窪のライブ・ハウスなどにも時々行って他のミュージシャンのライブも楽しむJAZZざんまいな生活が復活した。

宮之上貴昭さん Official SiteLinkIcon

ダークアイズ.jpg 宮之上さんの参加したアルバム。鈴木勳/DARK EYES
鈴木勲(ピッコロ・ベース)
内田浩誠(p)
日野元彦(ds)
水橋孝(b)
宮之上貴昭(g)

I could write a book/The shadow of your smile/hello to midnight/Dark eyes/Don't walk/No more bues/rirusagari-no-table






2007-sunsetstreet.jpg最新アルバム。SUNSET STREET
宮之上貴昭(g,key) / 滝本博之(p) / 稲垣護(b) / 太田耕平(ds,per) / 山本太郎(cl)
California Nights / No More Blues / When A Man Loves A Woman / Autumn Nocturne / Once I Loved / Star Dust / Fruitage Of The Spirit / For Buddy / Eyes Of Dream / What A Wonderful Wolrd / Raindrops Keep Fallin' On My Head / Rainy Afternoon / Sunset Street
2007.06.15

サインをしてください!!

1988年にブルーノート東京がオープンすると、それまで雲の上の存在だったジャズ・メンたちが次々に来日するようになり、少し冷めかかっていた私のジャズ熱が再び燃え上がった。このジャケットにサインしてもらいたい!!ライブ・ハウス行脚が始まった。

サイン入りアルバムLinkIcon

すり切れるほど聴いたアルバム

私はスイングジャーナル・ゴールドディスクを取るような通好みのものより、「楽しい、聞きやすい、むずかしくない」JAZZが好きだ。もちろん、通好みと聞きやすいのが一致するアルバムもたくさんある。大げさな表現ですが、私の青春時代(20代です)を彩ってくれたアルバムたち。

かってにおすすめアルバムLinkIcon

このデザイン、まいった!

購入当時、JAZZ一年生の私には、内容はまったく知らないのにデザインで「いい音がしそう」と、購入したアルバムもたくさんありました。あとになって超メジャーなアルバムだとわかったのもありますが、その中でデザインと内容が一致したアルバムが今でも手元に残っています。かつて3000枚ほどあったレコードも引っ越しを重ねるごとに少なくなり、現在200枚ほどが一生のコレクションとして残りました。そんな一枚です。

これ、カッコイイでしょう?LinkIcon